鹿児島にて 2008年8月6日

翌朝、暑さで目覚めて、夕方の飛行機の時間まで何をしようか考えた。
なにか観光を、と思ったが、そんなにあちこち行けないし、初日行けなかった霧島神宮に行くことにした。
クルマで走ること約1時間だったか、霧島神宮に到着し、お参りをすることに。

参宮の途中に「さざれ石」があった。
国歌である「君が代」の歌詞の中に、「さざれ~♪い~し~の~♪い~わ~お~となーりてー♪」ってフレーズがあるけど、そのさざれ石だ。小さな石がどんどん集まって大きくなっていくのだそうだ。

その後本宮でお参りをして、おみくじを引いたりして、再びクルマに乗り空港に向かった。
途中、道路標識に「↑国分市」の文字が。


オレが小学校2年生の時に、母が国分市内の大学で講師をするために半年ほど移り住んだことがあった。
大学そばの街道沿いの一軒家を借りて住んでいたのだ。もう40年位前の話。
当時、貧乏していた。
食うに食えず、同郷の政治家先生に相談し、やっと紹介してもらった仕事なのだそうだ。
幼かったオレにとっては、引越しで環境が変わり、転校で新しい友達が出来、けっこう記憶に残る出来事だった。
桜島の灰が常時降ってくる土地。文教地区でとても良い環境。坂とか山と街と同居している。地形的にもすごく個性的だった。
鹿児島に行ったら、機会があったら行って見たいと思っていた。
その某大学をカーナビで呼び出したら、距離は数キロの表示。近い!
飛行機の時間までは余裕だし、オレも母親も行ってみよう!ってことになり、クルマを走らせた。
・・・ここだ!大学は名称を変え、付近はマンションが立ち並び、道路は整備されてはいるが、基本的な地形は変わっていないのでわかる。
でも、そこには当時住んでいた家は無かった。。
駐車場になっていた。
その街道はけっこうな交通量だったし、40年も経てば変わって当たり前だ。
古そうな塀の一部が残っていたが、記憶には無く、それが当時の塀なのかどうかはわからない。

少なからずショックだったけど、その駐車場を写真に収め、さっき道路標識であたりをつけておいた「国分小学校」に向かう。
当時通っていた小学校だ。
2~3分走ると、鉄筋コンクリートの校舎で、ごく普通の小学校が現れた。

当時はコンクリートだったのだろうか。
全く記憶が無い。。。
とにかくオレは当時の街道沿いの家から小学校まで、いくつかのアップダウンのある道を、地元の悪ガキ友達と一緒に歩いて通っていたのだが。思い出せない。。
仕方なく、校門あたりをカメラに収めた。
ふと見ると、小学校近くに山があり、木が生えている。
なんとなく、憶えているようないないような・・・

思わずそれも写真に収め、そろそろ時間だ。空港へ。
記憶って、鮮明で曖昧。
鹿児島に久しぶりに行って、すごく感じた。
いつか、この先も機会があれば、また行ってみたい。
半年しか住んでいなかったのに。
当時の悪ガキ友達に会いたい。
楽しかった思い出が語れれば最高だけど、あまりに短い期間だったから、きっと憶えてはいないだろうな。
でも、いつかまた行ってみたい。